ダイバーシティー(多様性)とかインクルーシヴってそんなにいい?それを特別必要にしていない人の権利を制限していることには気づいていないよね

Bonjour à tous! 渋柿@franceponaiseです。

日本にいるときは同調圧力が大きくて息苦しい思いをしていました。学校教育ではみんなと同じことを強要されるし、他人と少しでも違うと後ろ指を刺されるし、大人になってから仕事関連で都会から田舎に引っ越した時は、「よそ者」という括りで地元民から意地悪されました。地元民から、出したゴミの中身をチェックされた、という同僚もいました。日本の中でも田舎は偏狭で最悪だな、絶対自分の子供は田舎で育てたくない、と思ったものでした。

子供が産まれてみて、あんなに息苦しかった学校に自分の子供も通うのか、と思うと暗澹たる気持ちになり、日本の教育から逸脱することを模索しはじめたのでした。他にも理由はありますが。

フランスに来てみると、さまざまな出自の人で溢れていました。幼稚園のクラスでも人種のるつぼでした。このような環境で、我が子は「多様性」を身につけることができる、と期待したものです。正確にいうと、「多様性に対する寛容」です。

幼稚園の頃は、ハキハキした子、乱暴な子、じっとしていられない子、お絵描きが好きな子、さまざまいました。共通するのは、幼稚園ではフランス語で生活する、ということくらい。親の出自もさまざまで、白人系、北アフリカ系、アジア系、黒人系、そのミックス、など、本当にさまざまでした。白人系でも、ロシア系とかドイツ系とか、本当に多種多様。子供も人種が入り乱れていて、さまざまな肌の色の子供がいました。

このような多様性の中に身を置くことはできましたが、日本の幼稚園にあるような揉め事はフランスの幼稚園にもありました。乱暴なタイプのお子さんに大人しい子供が暴力を振るわれる、なんて日常茶飯事でした。うちの子供にも、乱暴な子には近づかないように注意していましたし、ハラハラもしていました。また、幼稚園に関わっている大人の中には、子供に威張り散らすことによってストレス発散しているようなつまらない人間もいましたから、そういう大人にも関わらせないように気を使っていました。

小学校に入ると、子供たちの個性はよりはっきりしたものになりました。大人しく授業を聞ける子、じっとしていられない子、勉強に興味のある子、全然勉強に興味のない子、の差がどんどんはっきりしていきました。

そういう多様性に溢れてた一つのクラスを統率するために、1、2年の担任の先生は連座制を取りました。誰かが悪さをすると、クラス全体で責任を取らされました。そうでもしないとじっとしていられない子のコントロールが効かないのです。うちの子供は、自分は悪さしていないのに一緒くたに怒られた、反省文も書かなくてはならない、と泣きながら帰ってきたことが何度もありました。なんて理不尽な!と思った私は、「この罰則の与え方はフランスでは普通なの?」と聞いてみたことがあります。びっくりしたことに、昔からある、と答えたフランス人親が複数いました。この公立小学校の1、2年生では他のクラスも同じような罰則でもってクラスを統率していました。このようなクラス運営の仕方に反発して私立に転向される親も知っているだけで1名いましたが、他の親たちはこのまま通わせ続けました。結局、真面目な生徒が不真面目な生徒から迷惑をかけられる構造は、日本と同じだな、と思ったものです。

そして、同じくデジャヴだったのが、真面目な生徒と不真面目な生徒でペアを組まされる、ということです。うちの子供のような大人しくて扱いやすい子供は、クラス一の悪ガキとペアを組まされました。その頃は、うちの子供はストレスで毛を抜くようになってしまいました。

3年生にもなると、不真面目な生徒の悪行っぷりには女教師では手がつけられなくなりました。毎日が学級崩壊で、年度途中で担任がクラスを見捨てて来なくなりました。そして、代理の先生が来たものの、この学年の後半の成績はつかないまま終了しました。一部の悪ガキたちのおかげで、真面目な生徒が毎日のストレスと先生不在による授業なし、成績なし、という不利益を被ったのでした。

その後、転校させました。新しい学校では、素行の悪い生徒がいなかったので、ほっとしました。しかし、勉強が得意で真面目で扱いやすいと思われたうちの子供は、勉強のできない生徒の隣の席に座らされて、勉強を教える、という役割を与えられたのでした。子供が言うには、勉強を教えるのは嫌ではないけれど、得意でもない。授業が退屈だから隣の席の人に教える余裕はある。しかし、自分の教え方が悪いということもあるかもしれないけれど、何度説明してもわからない時があって困る、と言っていました。毎日の授業は簡単で暇だとも言っていました。日本でも同じと思いますが、一番できない生徒に合わせているからです。暇そうにしている生徒には先生から「本を読んでいるか、絵を書いていてもいい」と言われていました。今日は一日絵を描いていた、と言って帰ってくることもありました。ここでも、勉強の不得意な生徒に付き合わされて、暇な思いをしたり、あまり得意ではない勉強を教える、という不利益を被ったのです。多様性とかインクルーシヴといった観点からするとそれを地で行っていていて素晴らしいことなのかもしれませんが。

中学に入ってみると、うちの子供が勉強を教えていた同級生は不良の仲間入りをしました。結局、勉強でついていけないと悪い仲間に入りがちになる、というのも日仏共通です。今では全く何の共通点もありません。道ですれ違っても気づかないふりをしていました。

中学でも、素行が悪くて勉強が不得意な生徒と、勉強が得意な生徒が一緒に組まされて課題をこなすことがあるそうです。これも多様性とかインクルーシヴですね。どの組みでも同じように、勉強不得意な生徒は全くやる気がないので、勉強得意な生徒が「じゃあこうやっていい?」と聞くと、「どうぞどうぞやって」と言われて、結局勉強得意な生徒が全部完成させてしまうのだそうです。

子供が言うには、結局、私たちはどんなに先生方が同じに扱おうとしても分かり合えないのだ、向こうは向こうで全くやる気がないし、こちらはこちらで全部自分たちがやってしまう方が早いからやってしまう。自分たちがさっさと課題を片付けてしまうのが、一番平和なのだ、向こうもやりたくない課題をやってもらってラッキーくらいに思っているだけ。さらに言うと、喋っている言葉も違うから、何いっているのかだいたいわかるけど、同じような言葉は話したくない、とのこと。

目次

まとめ 結局分かり合えない 無理矢理の多様性なんて面倒臭い

多様性とかインクルーシヴとか、一見崇高な理想のように思っていました。しかし、一周回ってみると、厄介なものだと実感しています。

結局、学校の中でいえば、素行のいい子とか勉強が得意な子が勉強する権利を侵すことになっています。それが、両者の共存のためのプロセスであればまだやりがいがあるともいえますが、歳を重ねるに連れて、両者の溝は深まるばかりです。

日本でも、中学受験を考える親御さんはこの点を心配しているのだと思います。

興味や関心ごとが違って、グループが違う、だけならまだしも、使うことがば違って何いっているのかもわからないことがある、って、中学の時点で断絶していると思うのですよ。そして、両者ともにもう諦めている。不幸中の幸いなことに、両者は争うことなく、平和的に諦めているのです。違うグループだ、と。

フランスでは勉強の不得意な子は普通高校には進学できないようですし、普通高校でも学年が上がる毎についていけない生徒は脱落する、と聞いているので、10代後半に向かうにつれ、クラス環境はよくなり、生活しやすくなるのではないかと思っています。プレパなど、成績の良い生徒しか行けない学校に行けば、毎日普通に勉強できるようになるそうです。今では、あと数年でその領域に入れそうなので、早くそうなって欲しい、と思いながらフランス生活を続けているような状況です。

思い返せば、私も日本の小学校や中学校では学級崩壊していて、毎日素行の悪い生徒から迷惑をかけられていました。似たような生徒の集まる高校や大学になると急に世界が変わりました。色々な人はいましたが、迷惑をかけられる、我慢させられる、ということが激減して、生きやすくなりました。そしてまた、就職したり、子供ができて地域社会に溶け込むと、小学校や中学校で経験したことを再経験しました。結局、いろんな層が交わるところはストレスが大きく、生活しにくいのです。

私がフランスに来た当初、在仏が長い日本人の話を聞いていると、随所に違う文化圏の人たちに対する差別的な評価や表現が混じるので、「ずいぶん差別的だな」と驚いたものです。日本では、「差別はいけない!」と刷り込まれていましたから。

しかし、在仏が長くなってくると、理由がよくわかるようになりました。自分たちはしないであろうことを違う文化圏の人が平気でやることによって苛立たされたり、迷惑を被らされたりということが日常で起こるのです。そうすると、あの人たちとは関わらないでおこう、となります。

これは、差別でも何でもなく、考え方や文化が違うので、関わらないでおきましょう、なるべく似たもの同士でストレスなく暮らしましょう、そのほうが平和です、ということです。差別をしているのではなくて、違いについて述べているだけです。自分たちの方が正義だ!とイキって戦わなければいいだけの話です。違う文化圏の人でも、平和を愛する人、家族を大事にする人はいます。それぞれがそれぞれで暮らしていればいいのだと思います。

これが、多様性では日本よりも先にいくフランスで生活しての実感です。日本も移民を受け入れるとかいっていますけれど、亡国への第一歩だと思います。多様性とインクルーシヴという標語によって、今あるものが全て破壊されていくのは、みるに絶えません。排他的も行き過ぎると問題ですが、多様性だなんて夢をみていると、痛い目に合うと思います。

親子ともども、「多様性」とはかようなものだ、ということがわかった時点で「多様性対する寛容」は養われたと認識しています。もう多様性はお腹いっぱい。同時に、世界平和も願っています。これでいいのではないでしょうか。

A bientôt!

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この記事を書いた人

子供が小さい時にフランスに教育目的で移住。やっと子育てほぼ終了。子供が大きくなった今では渡仏当初の興奮もすっかり冷め、低空飛行の毎日。

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