エクスペディアとのやりとりからでさえも、バイリンガルなだけではだめだということが分かる!

バイリンガル

Bonjour à tous! 渋柿です。

 

今の世の中、語学だけでは食べていけないと言われていますよね。今回、エクスペディアとのやりとりを通じてそれを実感いたしました。私が学生の頃、日本語コールセンターは確かに日本にありましたから。エクスペディアとのやりとり【1】【2】の完結編。

ご搭乗便の変更に関するお知らせ

予約便がキャンセルになった時のExpediaの対応は?【2】

2016年12月9日
Expediaの対応

夏の一時帰国の航空券をExpediaで予約後、予約便がキャンセルに!Expediaの対応は?【1】

2016年12月8日

 

約15年前まで、日本語のコールセンターは日本にあった

 

私が大学生の時、電話オペレーターのアルバイトをしていました。とある信販会社でクレジットの審査後、本人に確認を取るという仕事です。母体会社は外資系の超有名企業。当時、東京都下で、このクレジット部門において大規模にスタッフ募集がありました。たまたまアルバイト雑誌で募集広告を見つけ、大学2年生の春頃応募して採用されました

 

広いフロアにたくさんの新型パソコン付きのブース。スタッフが無料で利用できるドリンクコーナー、休憩室がありました。母体会社と共通の新人プログラムであろう、研修メニューもありました。1996年頃、もうその会社では「コンプライアンス」なんて用語を使っていました。そして、シフトは朝8時から夜9時まで入れ放題。学生は学業の合間に効率良くお小遣いを稼ぎ、主婦は朝9時から夕方5時くらいまで毎日シフトを入れてしっかり生活費を稼いでいました。四谷のパソコンスクールでの入力講座を受けさせてもらったり、夏には賞与も出ました。交通費も出ました。一定時間以上勤務すると、社会保障にも加入できました。ですから、学生たちは社会人になったような錯覚に陥りました。

 

毎月「定例会」と称して、同じ部署の同期の大学生と飲み会をしました。会社主催のクリスマス会もありました。まさに、この会社でアルバイトしている限り、働きたい放題のパラダイスでした。楽しかったなあ。

 

一方で、当時、世の中は就職氷河期でした。ミレニアムの頃です。女子学生なんて、就職先がほとんどありませんでした。ちょうど、この会社で契約社員の募集があったので、応募して採用された同期の大学生や主婦もいました。私は就職して、この業界とは縁がなくなりました。

 

コールセンター、日本から撤退!!!

 

しかし、その2年後、突然そのコールセンターの機能の一部を中国の大連に移転させました。「え?なんで中国で?日本語の業務なのになぜ?」と最初は思いました。それから数年後、東京のコールセンターは撤退しました。

 

一言でいうと、人件費の安い国に機能を移転させた、ということです。このコールセンターで契約社員をしていた人たちは、この時点で失業しました。

 

それからも、時折、様々な会社でコールセンターが海外に移転するというニュースを見聞きしました。

 

しかし、今回のエクスペディアの件で、初めてこのタイプのコールセンターを自ら利用しました。驚いたのは、一連の問い合わせの流れが自然!!ということ。途中まで気づきませんでしたから。もしかしたら、今までも気づかなかっただけで、日本以外の国の日本語のコールセンターを利用していたかもしれません。

 

お客様に気づかせないほど自然な海外のコールセンター

 

【1】で書いたように、問い合わせ番号からして東京だと思いました。最初の電話の時には、てっきり東京にいるオペレーターと話をしているのだと思い込んでいました。しかし、折り返しの電話はアメリカからでした。オペレーターは同じ人なので、最初の電話からアメリカに転送されていたということです。最初の電話で要件が済んでいれば、てっきり東京のオペレーターと話をしたと思い込んでいたはずです。

 

オペレーターさんのお名前がちょっと聞きなれない名前だったので、一瞬おやっ?と思いました。でも、本当に上手な日本語だったので、オペレーターが中国系の人だということに、折り返しの電話の最初の5分くらいは気づきませんでした。折り返しの電話の時には、後ろでざわめいている声が中国語っぽい音でした。想像するに、中国系のスタッフがたくさん働いている部署なのだと思います。

 

15年前の思いとリンクする

 

昔アルバイトをしていた会社のコールセンターが、大連に移転したことを思い出しました。

「え?大連?日本語の電話をなぜ中国で受けるの?中国って日本語で電話できる人たくさんいるの?」と本気で疑問に思った15年前。日本人のほとんどは日本語しか喋れませんが、諸外国には外国語をいくつも流暢に話す人など、吐いて捨てるほどいます。あの頃はわからなかったけれど、今、フランス生活でこのことは実感しています。

 

ですから、コールセンターのような会話と事務作業だけの仕事なら世界のどこでもできるということは、今はよくわかります。英語の業務については言わずもがな。

 

さらに、知らない間に転送されるというように、ハード面でも洗練!?されていて、まさに世の中の当たり前になったのだなあと、しみじみいたしました。

 

それはどういうことか

 

つまり、語学だけではダメだということです。言い換えると、子供がバイリンガルなだけで喜んでいる場合ではないということです。諸外国では留学をせずに、その場にいながら外国語を使えるようにする人がたくさんいますから、外国語ができるというだけでは大して価値がありません。ヨーロッパ言語はお互い似ているせいもあり、何ヶ国語もできる人はザラにいます。

バイリンガル

自分の子供がバイリンガルになった親の気持ちって?

2017年10月6日

 

しかし、一番の理由は生活がかかっているからだと思います。例えば、そもそもその言葉ができないと生活できない、ただでさえ失業率の高い社会において外国語ができると仕事を見つける可能性が高まる、その言葉ができればその国に移民してよりよい職を得る可能性が高まる、などの身につまされる動機が、諸外国にはあります。より暮らしやすい国に移民するのも珍しいことではありません。ですから、語学習得が身近なことでもあるのです。

 

それなのに、日本では何年たっても身にならない方法で英語を勉強しつづけています。そして、お客さんに対して「~でしたか?」「~されますか?」など、謙譲語とも尊敬語とも受け身とも過去形ともとれない言葉を平気で使い、日本語の能力ですら低下させています。たまに日本に行くと、日本語が変わってきたなと感じます。もっとも、日本ではほとんど日本語で事足りるので外国語を見つけるモチベーションが高まらないのもあります。しかし、それにしても日本はおめでたいな、平和だな、と思います。

 

その一方で、肝心の日本人専業と思われていた日本語での単純業務は、すでにより安い労働力に奪われています。さらに、将来は人工知能にも取って代わられないようにしなければなりませんから、これからの子供には大変な世の中になってきました

 

まとめ

 

このように、日本人が何年かけても英語を身につけられず、日本語能力を低下させていく一方、諸外国では日本語を身につけ、日本語で業務をする人々が誕生しています。

 

ということは、日本語しかできず、しかも、言われたことしかできないような人は、これからは仕事を得ることができなくなっていくのでしょう。日本の学校教育は、大量の宿題と長時間の部活動によって子供の自由時間を奪い、耳障りのよい標語と大量の反復練習で思考停止に陥らせ、同調圧力とも相俟って個性的に振る舞うことを許されず、言われたことを忠実に実行するロボット人間を作るのに適しているような教育ですから、このような人間はこれからも量産されていくでしょう。日本の教育にどっぷり浸かっていると危険なのではないでしょうか。

 

A bientôt!

ABOUTこの記事をかいた人

渋柿

フランスの公立学校に通う子供の母であり夫は日本人。フランスに移住して5年以上。フランス語はアリアンスでC1クラスに入るレベル。国際結婚でも駐在奥様でもない独自の視点で、フランスから海外移住や学校生活など様々な話題を渋くお届けしています。