【海外移住とうつ】その8 移住初期 悪口大好きQさんと遭遇しないための努力

Bonjour à tous! 渋柿です。

前記事 【海外移住とうつ】その7 移住初期 悪口大好きQさんの子供と同じ幼稚園に! のつづきです。

Qさんのお子さんがうちの子供とおなじ幼稚園に通い始めました。

フランスでは朝も夕方も親の送り迎えが必要です。幼稚園の門が開くのは8時20分から8時30分までの30分間です。ですから、道端で遭遇するのも億劫だったQさんに、送り迎えの度に遭遇してしまうことになります。

私はどうしてもQさんと遭遇するのが嫌だったので、Qさんは時間ギリギリに登園するということを早い段階で発見して、自分は開門と同時に入校するようにしていました。つまり、8時20分を目指して登園していました。

そして、教室の前で子供の靴を脱がせて上履きに履き替えさせて、リュックサックを指定の場所に置いて、子供を教室のドアのところで先生に引き渡したら、速攻で帰る。

これを毎朝鬼のように繰り返していました。絶対に会いたくなかったのです。会うと長話されてストレスがたまるということと、もう一つ大きな理由がありました。

それは、移住してから1年以上の間、私は私なりにこの幼稚園で受け入れてもらうために良好な人間関係を築く努力をしてきたのを、Qさんに壊されたくなかったのです。

私は、お母さん友達もできていたし、校長先生にだって顔を覚えてもらって、声かけてもらったりしてもらえるようになってたのです。

だから、渋柿さんの友達の日本人で変な人が入ってきた、きっと渋柿さんも変な人に違いない、と、幼稚園のお母さん方や先生方に思われて、変な人認定されたくなかったのです。

つまり、フランスに移住した直後に、Pさんと仲間だと思われて厄介人の認定をうけて日本人村でPさんと一緒くたに避けられたのと同じことを、この幼稚園では絶対に避けたかったのです。

全体の行事の時には、フランス人のお母さん方とコミュニケーションをとって、Qさんとは絶対に近くにならないように席をとっていました。

努力の甲斐(?)があったのか、学年が違ったこともあってか、周囲のお母さんや先生方には、渋柿さんとQさんは日本人同士だけどあまり友達ではないと思ってもらえたようです。

このような妙な努力が継続できたのは、終わりが決まっていたからです。どういうことかというと、Qさん一家は駐在なので、日本への本帰国があらかじめ決まっていたからでした。同じ幼稚園に通うのは1年間だけ我慢すればよかったのです。

だから、1年だけ幼稚園ではQさんと友達と思われないように努力して、Qさんとは表面上は平和な関係を保って、日本にお帰りになる期限が来るのを待つことにしました。

本当に、Qさんに道端で捕まって悪口や自分語りを延々とを聞かされるのが苦痛でした。悪口は私の友達のことにまで及んでいましたから。

でも、「あなたの悪口を聞くのはうんざりです。あなたとは付き合えません。」とはっきり物申して仲が悪くなったとしたら、また日本人村で「渋柿さんは日本人のQさんという人と仲違いしたらしい」などと噂されてさらなる厄介者認定をされるのもいやだったので、頑張って耐えました。

そんな妙な方向への努力(?)ができたのも、フランスに移住して1年後くらいのことだったからです。不幸中の幸いでした。当時はまだ、フランス生活が新鮮でしたし、子供を守って、生活を回していかなきゃ、と頑張っていましたから。

仮に、このようなタイプの人に出会ったのが、この後訪れるメンタルが下り坂の時期だったとしたら、すぐに起きられないほどのダメージを受けたと思います。

さてさてこのQさん、日本への帰国直前まで想像の斜め上をいくことをなさいました。

つづく。

A bientôt!

 

この記事を書いた人

日本人一家でフランスに教育移住して10年近く。9月から念願の学生に。子供はコンセルヴァトワールで音楽をやりながらクワトロリンガルを目指す中学生。

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