離婚家庭が多いフランスに関する質問「親が離婚している子供を可哀想と思わないの?」

離婚

 

Bonjour à tous! 渋柿です。

 

前回、日本にいるときには「フランスってどうなの?」とよく質問される、という記事を書きました。その続きです。

 

質問「フランスって離婚家庭が多いって聞くけど、クラスに両親が離婚している子供がいると可哀想だと思わないの?」

 

私見

可哀想だと思うか思わないか?私の場合は、可哀想だとは思いませんね。そもそも、どうしてこういう質問が出てくるのかが理解しかねます 笑。でも、聞かれたので真面目に答えてみました。

 

理由は、離婚家庭や事実婚家庭が多いから、それ自体珍しい事ではないからです。そして、クラスの誰の親が離婚しているとか、実の親とは違う親に育てられている、なんていう事情は、誰かからの噂を聞いたり、自分の子供から聞き出したり、親同士が親しくなって家庭事情を聞かない限りわからないからです。私は子供にいちいちそういう事は聞かないし、噂話には首を突っ込まない事にしているので、そういう話は伝わってきません。仮にわかったとしても、それ自体は「そうなんだ」としか思いません。

 

虐待を受けているとか、食べるものがなくて飢えているという事情があれば可哀想ですが、そういうことは、我が家のような日日家庭に事情が伝わってきたり、事情が伝わって心配するよりも前に、そういう家庭はご近所さんに児童相談所のようなところに通報されたり、社会福祉的措置が取られているでしょう。

 

社会的にも

社会的にも「可哀想」とは思っていないようです。現に、フランスの幼稚園や小学校では、授業の中で子供たちに父の日や母の日にカードを作らせて、プレゼントしてくれます。

 

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「誰々ちゃんの両親は離婚していて、母親と一緒に住んでいるから、父の日のカードをクラスで作るなんて可哀想だ!」という発想があれば、そういうことはしないでしょう。

 

普段、母親と住んでいる子供は、父親に会った時に渡すのではないでしょうか。離婚後は共同親権になるのが原則で、普段は片親が面倒を見ていても、週末や長期休暇に行き来するようですから。

 

そもそも、カップルの形態は三種類ある

 

フランスのカップルの形態には、「結婚」「結婚より法的制約の少ない事実婚(PACS)」「ただの事実婚」の三形態あります。

 

これに加えて、パートナーがいない人は「独身」「離婚」「未亡人」の三形態あります。

 

だから、学校に提出する書類や公的書類で結婚関係について聞かれる場合には、

 

・結婚

・PACS

・事実婚

・独身

・離婚

・未亡人

 

といった選択肢の中から自分が該当するものを選んでチェックします。

 

日本では、子供がいれば普通両親は結婚しているということで、離婚していて片親の子供は少数、だから可哀想!となるのでしょうけど、これだけたくさんの形態に分かれていると、どの形態がどれだけ他の形態より優れているか、幸せなのか?なんてことはよくわからないです。本人が幸せだと思えればそれでいいのではないでしょうかね。

 

そもそも、合理的な彼らは、愛がなくなればサッサと次を探すらしいので、離婚やパートナー解消なんて日常茶飯事、大したことないのだと思います。だから、離婚したり、事実婚を解消して子供と離れて暮らす、なんて、人生のプランにしっかり折り込み済み。そういう発想の人が多い社会で、いちいち「誰の親が離婚している、それすなわち可哀想!」とはならないです。

 

日本からフランスに来て最初の頃にはびっくりするかもしれませんが、数年すると、慣れます。いちいち気になりません。

 

質問「親が離婚することになって引っ越すから、子供が転校しなくてはならなくなった。子供が転校をいやがったらどうするのか?」

 

そんなの知りません 笑。

 

真面目に答えるとすれば、こういう場合は「大人の事情が優先するのではないか」と思います。つまり、子供が嫌がったからといって、大人としてはこれ以上一緒に生活するのは不可能なのだし、生活のためには仕事をしなきゃいけないのだから、子供が「転校したくない」といったところでそんなの斟酌してやれないってことです。

 

論理的に考えたら、「パートナー解消と仕事の維持」と「転校したくないという子供の気持ち」の重要さを比較したら、前者が後者に大きく上回るってことは、考えなくてもわかるでしょう。合理的な彼らは、「子供が転校したくないと言っているから離婚しない」などという非合理な結論は出さないと思います。同じ学区内で転居するということはあり得ますが。

 

 

まとめ

 

全部に真面目に答えてみましたが、どうしてこういう疑問があるのか?こういう質問自体の意味がわかりません。実際に話をしていて、自分の時間が消耗されてる、って感じます。

 

こういう質問を受けると、「可哀想だと思う」の主語は何だろう?と思います。多分、「私やクラスの他の子供達」だと理解して話を進めます。それは、質問している側は主語を意識せずに質問しているのだろうと思うからです。「自分がそう思うから、そう思うんじゃないの?」って感じです。私が話をした人が特殊なのかもしれませんが。

 

日本的には可哀想なのかもしれませんが、それって余計な御世話だと思います。本人たちがどう思っているのかは当の本人しかわからないのだし、他人の事情や決断に対してとやかく言う必要はないのです。子供は、毒母と離れて暮らせるようになってラッキー!って思っているのかもしれませんし。

 

似たものが寄り集まっている社会で生活していると、「多数から外れると可哀想」みたいな思考になるのは仕方ないです。雑多な社会で暮らしていると、家族のあり方や幸せの形態なんていうのは相対的なものではなく、それぞれが良いと思っていればそれでいいんじゃないの?と考えるようになります。

 

なんでもかんでも合理的に考えていくと、フランス的になると思います。

 

 

A bientôt!

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ABOUTこの記事をかいた人

渋柿

日日家庭の妻。フランスの公立小学校に通う子供の母であり夫は日本人。フランスに移住して5年。投資歴10年。音楽歴は30年以上。フランス語はアリアンスでC1クラスに入るレベル。国際結婚でも駐在奥様でもない独自の視点で、フランスから海外移住や学校生活など様々な話題を渋くお届けしています。