Bonjour à tous! 渋柿です。
フランスの外出制限も16日目となりました。もう2週間も外出制限しているのだから、そろそろ減ってもいいんじゃない?と思っていましたが、昨日1日で感染者数が7578人の増加ということだったので、まだまだピークは先かもしれません。
まあ、夏休みの一時帰国までに解除されればいいかー、って思うようになりました。昨日の数字を見て、長期戦を覚悟しました。
学校もない、習い事もない、送り迎えもない、買い物にもなるべく行かない(週1回くらいにしている)、完全自炊、毎朝テラスでラジオ体操、運動のための外出は3日に1回、という生活が続いています。一見お気楽そうです。
医療関係者でもなく、感染もしていないなら、暇をエンジョイしてお気楽に暮らせているか?というと、そうでもありません。皆、言わないだけです。
東京でも感染者数が急増しているそうですから、日本でもこれから外出制限やロックダウンがはじまるかもしれません。油断禁物です。
「集中力に欠ける」という外出制限状態での精神状態
時間がたっぷりあるようですが、子供の宿題の管理や、三食の準備と片付け、食材の在庫の心配、買い出しと消毒、など普段やり慣れないことがつきまといます。
「いつ感染するか?」「感染したらどう対応しよう?」など、心配のタネが頭に渦巻きます。
さらには、フランスという外国に取り残された感からくる不安症状により、集中力に欠けるため、結局時間がある割には多くのことはこなせません。
例えば、今、日本の親族の調子が悪くなっても、見舞いにいくことも葬式に行くこともできません。無理して行ったとしても、日本に行く最中に感染するかもしれないし、日本で感染させるかもしれない。そして、今日本にけば今度いつフランスに戻れるかわかりません。だから、現状を維持する他はない。
これが外国に取り残された人たちの現実です。こんな考えても答えの出ない考えが浮かんでは消えていきます。
日本の人たちが日本で外出制限をうければ、この「外国に取り残された感」はないですが、様々な心配ごとから集中力に欠けることは間違い無いでしょう。
まあ、此の期に及んで、何かに集中力を発揮して成果を上げる必要もないのですが、集中力がない、持続しない、というのは、実感します。
いろんな考えが浮かんでは消え、あっという間に1日が終わるという感じです。
不安感を払拭するためには
こういった頭に渦巻く不安感、外国に取り残された感からくる不安感を一時的にも忘れるために、何かコミットするものを絞り込んで、それに集中してみるのがよさそうだということがわかりました。
趣味でもいいし、久しぶりに読書してみるとか、編み物をしてみるとか、筋トレするとか、何でも好きなこと、興味のあることであればなんでもいいです。
私の場合は、久しぶりにピアノの練習をしてみたり、ブログを書くことを日課にしてみたり(最近毎日更新になっているワケ)しています。
楽器の練習はいいですよ、何時間かあっという間に過ぎています。
何かにコミットするためには
こういった、不安感を一時的にも払拭してくれることにコミットするには、どうでもいいことを短時間で終わらせて、1人の時間をできるだけ捻出する必要があります。
どういうことかというと、暇な時間があっても、そのほとんどが欠けた集中力により、ぼーっとしている間に過ぎてしまうので、暇な時間の総量をふやす必要があるということです。
本当に、何もしないと、不安になることを考えながら生活を回しただけで、1日あっという間に終わってしまいます。
例えば、食事を簡単にするとか、掃除洗濯の回数を減らすために、何回か着てから洗濯することを家族にも協力してもらうとか、何日か同じものを食べてもらうとかしながら手を抜いて、出来るだけ自分1人の時間を作ります。
そして、1人の時間を過ごしている時には、話しかけないようにしてもらいます。せっかく、楽しいことに集中しているのに、その集中が途切れてしまうからです。
子供は、話しかけたらその人の集中が途切れるということを知りませんから、自分のペースで話しかけてきます。これが厄介です。この際ですから、子供に教えました。
だれかに話しかけるということは、相手の集中を奪うこと。話しかけるのであれば、その相手が今何をしているのか考えてから話しかけるように。不要不急以外ではいちいち話しかけないでくれ、と伝えました。
これって対人関係のマナーですよ。親だからって、いつでも「何?」って聞いてもらえるわけではない、と言いました。だから、家族がお互い、勝手にやっててもらう、という感じです。小さいお子さんがいる家庭では難しいでしょうが。
まとめ 家族だからと容赦しない この際自分ファーストで
家族のある身ですと、自分のことよりも子供のことを優先してしまいます。子供が生まれてからというもの、子供優先の人生を歩んできたので、体も心もそのように条件反射してしまいます。
しかし、この例外的な状況では、子供のことよりも自分のことを心配した方が良いです。
自分の好きなものを食べて、たまの買い物に行った時には自分の好きなおやつを買う。それを自分だけで食べる。部屋にこもってユーチューブ見まくる。趣味のことをして時間をすごす。それでいいと思います。子供の相手をしてやれない、それでいいじゃないですか。相手をしてやれないからといって死ぬわけじゃないし、そもそも子供は親が思うよりも大きくなっていて、もう親に相手してもらう必要を感じていないかもしれないです。
「なあに?」って聞いてくれるお母さん像が子供から無くなるのでしょうね。でもそれでもいいです。
家族は、学校や職場には行けないでしょうが、結局、妻やお母さんが用意した食べ物を食べて、洗濯された衣類をきるだけですから、こう言っちゃなんですが、彼らにとっては気楽なものです。ただの休みと一緒でしょ?って思います。
A bientôt!

