海外教育移住の目的

Bonjour à tous! 渋柿です。

我が家が海外に教育移住した理由は大まかに2つありました。

  1. 日本の教育を受けさせたくない
  2. バイリンガルになって国際感覚を養わせたい

今振り返ってみると、月並みな考えから出発したなと思います。

目次

自分が受けた日本の学校教育の屈辱的経験

私自身、日本の公立学校の教育を受けてきました。その長い義務教育の間、多くのことに反発を覚えていました。

周りと同じことをしなくてはならない、みんなと仲良くしなくてはならない、式のために何回も何回も立ったり座ったりする練習をさせられる、朝礼で長時間立ったまま、給食を残してはならない、嫌いなものを無理やり食べさせられる、卒業式では思ってもないことを大声で言わされる、強権的な先生に翻弄される、部活の強制などなどなど、です。

内心の自由への抵触

私は特に、内心の自由をおかすような強権的指導に強く反発していました。言いたくないことを無理やり言わされたり、自分で考えたものではなく、誰か他の大人が考えた文章を大声で読まされる等なことです。

例えば、小学校の卒業式では「選ぶのに迷ったクラブと委員会。お兄さんお姉さんについていくのがやっとでした。」と全校生徒の前で1人で大声で言わされました。先生が考えた台詞です。迷ってもいないし、ついていくのがやっとでもありませんでした。

それとは反対に、思ったことを言ったら訂正させられる、ということもありました。

例えば、小学校の時のことです。好きな言葉を書いて教室の後ろに貼り出すことになった時、私は「自由」と書きました。すると、先生は「自由はダメだ!」といって書き直しを命じました。

先生たちの好むようなことを言わされ、好むように訂正させられることに、子供ながら屈辱を感じていました。

近年では、二分の一成人式で親への手紙を大声で読まされる、なんていうことが感動を呼ぶからと言って人気の行事となっているそうです。私からすると、このようなことはとんでもないことです。感謝は強制されて他人の前で大声でするものではなく、心の中で密かに思っていれば良いのです。自分の子供には、このような行事を参加を拒否させたいと思いました。

また、私が日本で住んでいたところでは、中学生になると宣誓式のようなことが行われていました。少し成長して青年になった様子がわかるように、見に来た大人が喜ぶようなことを言わなくてはなりません。これも、うちの子どもは参加拒否させたいと思いました。

奴隷的指導や反復による屈辱感

給食

私は偏食がちな子供でした。給食では食べられないものが出ることが多く、その度に食べる終わるまで許してもらえませんでした。

他の子供たちは片付けを終えて、昼休み時間を過ごしているのに、食べられないものがある子はずっと教室に残って、その食べ物と格闘しなくてはなりませんでした。無理やり食べ終わるしか選択肢がありませんでしたから、息をせず、味覚を感じないように急いで必死に噛んで一気に飲み込む、というようなことをしていました。

どうしても食べられない甘い味づけの豆が出たときのことです。本当に困り果ててしまい、時間が無為に過ぎて行ってしまいました。

午後の授業が始まる直前に、先生に「牛乳をかけるといいよ」と言われました。余計気持ち悪いと思いましたが、食べないと終わらないので、牛乳を甘い豆にかけてみました。余計気持ち悪さが増して、かけなきゃ良かったと思いました。時間が迫ってきてもうどうしようもなくなったので、無理やり口に入れて飲み込みました。涙が出ました。子供ながらに、ひどい屈辱感を味わいました。

しかし、子供の偏食なんて大人になれば自然となおることもあります。実際、私は大学生の頃に全ての偏食を自然に克服しました。だから私は、偏食なんて自然になおるものをわざわざ給食で子供に無理やり食べさせるなんて奴隷的屈辱行為だと見做しているのです。うちの子供には、こんなことしてもらいたくないと思いました。

運動会の練習や卒業式の練習

入場や退場の練習、お辞儀の練習を何度も何度もさせられます。そこまで揃える必要あるのかな?と思っていました。また、ダラダラとやる気のない生徒のせいで、連帯責任となりなかなか終わりにさせてもらえないのにも相当腹が立っていました。

何度も繰り返していると、何をやっているのか分からなくなりました。大人になってから思うのは、このような行為の執拗な反復は、軍隊のようだな、ということです。こんなことに、子供の貴重な時間を使われたくないと思いました。

何年も英語教育をするのに全然喋れない教育なんてただの時間泥棒

私たちは、中学高校と英語を習い続けていても、読み書きはできるようになっても、結局喋れるようにはなりません。これって考えようによってはただの時間泥棒です。

荒っぽい言い方をすると、外国語なんてコミュニケーションできてナンボです。今、フランスに住んでいて、まさにそのことを実感しています。読めて書けても、話せないと生きていけません。

家と学校を往復するしかない子供時代、狭い世界に生きていることが窮屈でしかたなかった私は、英語を身につけて外国に行ってみたいと思っていました。

そこで私は、真面目に学校で英語教育を受けました。しかし残念なことに、英語は一言も話せるようになりませんでした。日本人が英語が苦手なのは、日本語が英語と全く似ていないからだ、喋る練習をしていないから喋れないのは同然だ、と言われれば、確かにそうかも、と思っていました。

また、もしかしたら、正解に早くたどり着くのがよしとされる日本的教育の弊害により、私たちは間違えることを極端に恐れる人間に仕立て上げられたから、という意見もあるかもしれません。

しかし、6年間も真面目に習って成果の出ない教育法は、どう考えてもその教育法が間違っている、と大人になってから判断しました。何を習ったとしても、正しい方法で習っていれば6年もやっていれば何らかの成果は出ますから。このように、間違った教育法を提供し、生徒側が何年もの間真面目にそれを受け入れている、という構図が時間泥棒の如く悪質と思いました。

自分の子供が、そのような成果の出ない教育法に貴重な時間を費やすことなく、外国語を取得する方法をなんとしても取りたい、と思いました。

まとめ お腹にいる時からの計画

このような考えから、海外への教育移住や、ボーディングスクールへ入れることが頭をよぎりました。当時読んだ本で、印象に残っているのがこちらの2冊。

世の中は変わったのに、学校教育は変わってないといいます。ですから、自分の子どもをそのような場所に何年もの間、1日の大半を過ごさせるような状態に置くのはなんとしても避けたかったです。

もし、それが避けられなければ、一事が万事自分を納得させる膨大な努力が必要となり苦しむということがわかっていましたから。

私はこのように、妊娠中から子供の将来のことを考えはじめました。外国で子どもを育てる方法を探しはじめました。近所の図書館で参考になる本は全部借り、Amazonでも参考になりそうな本は全て購入し、まだ赤ん坊だった子供がお昼寝している間に読み漁っていました。

A bientôt!

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この記事を書いた人

日本人一家でフランスに教育移住して10年近く。9月から念願の学生に。子供はコンセルヴァトワールで音楽をやりながらクワトロリンガルを目指す中学生。

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