「身の丈にあう」幸せを探すフランスの親 「身の丈に合う」視点無しで幸せを探す日本の親

身の丈

 

Bonjour à tous! 渋柿です。

 

日本に一時帰国していると、「フランスではどうなの!?」と色々質問されます。

 

我が家は日日家庭なので、何年住んでもフランス社会のことは、自分の経験した範疇でしかわかりません。ですから、わかっている限りで答えます。

 

子供を現地の小学校に通わせていて、勉強面で日本の学校と一番違うと感じるのは、「親や先生が子供に勉強しろ!とうるさく言わない。そして、子供も勉強しない。」というところです。

 

私がフランス人の子育てを見ていて思うには、「子供を早いうちから一人の人間として認めていて、将来どうなろうが親がコントロールするのではなくて、自分の道は、自分の身の丈にあったものを自分で見つけるもの」という考えが根底にあるように感じています。たぶん、あながち間違いではないです。

 

だから、「色々と親としては心配もあるのだけど、きつく言ったり管理を強化してコントロールするのは間違い。よって、アレコレ言わない」と、理論的に答えを導きだしているのだと思います。心配ごともあるというのは、会話からも感じられます。親が子供の心配をするということは世界共通ですね。

 

ただし、「アレコレは言わないけれど、子供の好きなことを見つける手伝い」はします。現に、放課後の習い事の送り迎えを熱心にする親もいます。

 

どういうことかというと、学校は勉強するところとみなされていて、全体行事や部活などの余計な活動が一切ないので、何か好きなスポーツを見つけよう、とか、これやってみたい!、と思ったら、放課後に校外でやるしか方法がない、という事情があります。そして、習い事に通うにも、フランスでは子供が一人で外出できないので、小学生の間は、わざわざ親が送り迎えをしなくてはなりません。

 

その習い事を子供が気に入らなかったり、向いていないと思うと、あっさりと辞めます。そして、翌年は別のものを見つけます。

 

それは、「向いていないことを延々と続けても意味がない。好きだったら続ければいい。」という考えだからだと思います。たぶん、間違っていません。彼らは合理的ですから。

 

要するに、私見では、フランスの人は「好きなことを続けること」が人生のコンフォートゾーンだということに納得し、賛同しているのだと思います。その路線で仕事をすれば、この上ないハッピーロードだと言えますよね。合理的な彼らは、その路線に脇目もふらず一直線なのです。そんな彼らにとっては、勉強に向いていないが一生懸命勉強するなんて、バカじゃないの?ってことだと思います。

 

マクロンみたいに優秀な人は放っておいてもできるし、学校の先生に見出されて普通の人とは別の路線に進むらしいです。

フランスの大統領選挙はマクロン氏勝利で終了。直接選挙は盛り上がるよね。

2017年5月25日

 

このようにして、それぞれの持ち場で脇目も振らずにハッピーロードを目指すことが、フランス人的にいうと C’est la vie. なのではないかな?と感じています。こんな風に言うと、ちょっと美化しすぎかもしれませんけど。

 

とあるお母さんと話していて、埒が開かなくなったよ

 

 

フランス人の子育てを垣間見て、感化された部分もありますが、自分の実感としても、子育てに関する私の考えは、フランス人の親に似てきました。

 

対して、日本の教育熱心なお母さんは真逆をいっている、と感じました。近所の母さんと話していて、埒が開かなくなったのです。

 

話していて感じたのは、

 

『「親がアレコレとコントロールしても仕方ない」ことと「身の丈に応じた(適職を見つければよい)」という視点が、どうやら全く無いようだ』、ということです。特に、後者については、全く理解できないようでした。

 

 

質問「子供の学校のクラスで、全然勉強ができない子がいる。そういうときにどうするの?」

 

勉強が苦手なら、苦手なりに、手に職をつけたり、自分にあった仕事を見つけて、それなりに生きていけばいいと思います。だから、勉強が苦手なら、早い段階から弟子入りしたり、職業専門学校に行くのも良いと思います。これって、「身の丈にあった」ということです。

 

だから、「その子がまずいと思えばそのうち勉強するだろうし、親がこれではまずい、と思えば、親が見てやったり、家庭教師つけたりするかもしれないけど、一般的に、勉強にばかり熱心ではない。親も勉強苦手な人がいるだろうから、子供の勉強をみてやれる親ばかりではない。塾もないし、居残り勉強もないし。勉強が苦手なら、職業訓練学校に行ったり、早いうちから弟子入りしたりするらしい。」と答えます。

 

しかし、「身の丈にあった」という視点がない場合、「勉強ができない場合、どうするのか?」という質問は、「勉強ができない場合、どういう手段を使って勉強をできるようにするのか?」と同義になるらしいのです。

 

だから、私が上のように答えると、肩透かしを食らった様子。「じゃあ、塾がないなら先生が特別に指導するとかしないの?私は、アレコレ(割愛いたします)こういう風に子供の面倒をみている。フランスの親は、子供が勉強できなくても、見てやらないの?」となる。

 

私は、「だから〜、勉強が苦手だったら他のことを探すんじゃないの?現に、習い事の送り迎えはマメにやる親は結構いるよ」と、「身の丈にあったことを探すのがいいのではないか」という視点から回答します。

 

質問「体育で跳び箱が飛べなかったら、体操教室に連れて行こうかな、とか親は思わないの?」

 

しかし、やはり、「身の丈にあった」という視点がないので、「じゃあ、フランスの親は子供が勉強できなくても見てやらないで、もし体育で跳び箱が飛べなかったら、体操教室に連れて行こうかな、とかにはならないの?」なーんていう質問を受けます。

 

学校の体育で跳び箱飛べなくても、それでいいならそれまでです。体操選手になりたいと思っていれば、こりゃまずい、体操教室に通わせなきゃ、ってなるだろうけど、跳び箱飛べない時点でその路線はないでしょう。だから、跳び箱がとべないなら、それまでじゃないでしょうか。私だったら、取り立てて気にもなりません。まあ、うちの子運動神経良くはないんだわ、くらいに判断する目安にはなるでしょうけど。

 

質問「跳び箱飛べなくていじめられたらどうするの?」

 

まあ、跳び箱を飛べなかった場合については、そういう風に答えたのだけど、今度は「じゃあ、跳び箱飛べなくていじめられたらどうするの?」とくる 笑。

 

知らないよ、そんなの! 怒。

 

真面目に答えるとすれば、「フランスの子供は(子供じゃなくても)自分の好き嫌いをはっきり表明する傾向があるから、まあ、それが良しとされている部分もあるし。だから、いじめられたらはっきり文句をいうだろうし、現にいじめが社会問題になるというほど問題にはなっていない」というのが、私見でもあり、フランス人の友人が言っていたことでもあります。

 

まあ、そこまで真面目に答えませんでしたが。あー、疲れた!

 

まとめ 「身の丈にあった幸せ」

 

「身の丈にあった」という概念がないから、「子供をコントロールしたり、子供を指導」しようとするのですね。こうなったら、親がこうしてあげればいい、子供がこうなったらこうしてあげればいい、子供がそうならないようにこうしていったらいい。延々と、そういう感じです。

 

「身の丈にあった幸せ」を探せば、親が尻を叩いたり、塾へ入れてでも成績をあげなきゃ!ってならないです。

 

勉強ができないって、そんなに悪いことですかね!?!?!?

 

学校で跳び箱を飛べないからといって、体操教室に通うのですか!?!?!?

 

体操選手になるわけじゃないんだし、そのまま放っておいたら何かまずいことでもありますか!?!?!?

 

私が話をした人が特殊なのかもしれませんが、「身の丈にあった」という視点を意識すると、心配事が減るのではないでしょうか。

 

ちなみに、私が話をした方のお子さんは、問題なく勉強できるタイプです。なので、何をそんなに心配しているのか?いくら話をしても全くわかりませんでした。

 

A bientôt!

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フランスも春らしくなってくると夏休みの一時帰国のことが気になり始めるよね

2019年4月15日

ABOUTこの記事をかいた人

渋柿

フランスの公立学校に通う子供の母であり夫は日本人。フランスに移住して5年以上。フランス語はアリアンスでC1クラスに入るレベル。国際結婚でも駐在奥様でもない独自の視点で、フランスから海外移住や学校生活など様々な話題を渋くお届けしています。