Bonjour à tous! 渋柿です。
日本の学校教育に入れたくないとか、外国語を身につけさせたい、という理由だった教育移住。最初は、生活の立ち上げに始まり、子どもを無事に入学させ、子供に友達ができるだろうか、とか、いつになったらフランス語が分かるようになるのか、とか、心配な日々を送っていました。

教育移住の目的の変遷
初期から目的達成まで
初期の頃は何かと心配事が多かったのですが、とにかく周辺国に気軽に行けることが嬉しくて、バカンスの度に旅行に行っていました。
また、毎年何を習わせようか?と選んで通わせるのも楽しかったです。フランスで低年齢の子供が習えるのはスポーツやお絵かきが多いので、複数やらせてみました。いろいろ経験させるなかで、適正も見えてくるようになりました。
水泳、乗馬、フェンシング、ロッククライミング、グラスホッケー、ヒップホップ、体操、お絵かきなどなど、様々な活動に参加しました。
小学校に入ると、フランス語も授業で習うので上手になってきました。教育移住の当初の目的は小学校低学年のこの辺で達成できました。

そして想定外の展開へ
それから、コンセルバトワールに入学できる歳になりました。いろいろとあったのですが、無事に入学することができ、フランスで本格的に音楽教育も受けることになりました。
家庭では日本語教育を続けていたので、日本語も普通に上手なまま、フランス語も問題なく運用できるようになり、小学校を卒業しました。中学からは本格的に第一外国語として英語の授業が始まるので、トリリンガルも射程範囲となりました。
中学2年生で第二外国語を勉強しはじめますからクアトロリンガルも射程範囲です。
もちろん、フランスのバカロレア取得も射程範囲になりました。
これらのことまでは当初は考えが及びませんでした。目先のことに一生懸命だったので、先のことは想像もできなかったです。数々の試練に耐えきれず、日本に撤退する可能性もありましたから。
日本にいる頃から、子供に音楽をさせたいとは思っていました。フランスにコンセルバトワールというのがある、ということまでは知っていたのですが、フランスで生活をはじめても、それがどこにあるのかも、どうやったら通えるのかも何もわかりませんでした。また、移住国をフランスにしたのも、音楽をさせるためではありませんでした。まさか自分の子どもを通わせることになるとは、当初は全く思っていませんでした。


まとめ 一歩一歩着実に
このように、年月が進むにつれ、新たな可能性が生まれてきました。当初からすると本当に想定外で、今振り返ってみて驚いています。
勇気を持って一歩踏み出して良かった。
このように、教育移住自体が可能性を広げることですが、してみてはじめて広がってくる可能性もあるということが、徐々にわかってきました。
A bientôt!