フランスの幼稚園年中の美術の時間では、ソニア・ドローネ Sonia Delaunay の画風を題材に

Bonjour à tous! 渋柿です。

 

フランスの幼稚園では休み時間など、日頃からお絵描きをしています。先生によっては、授業時間中に先生主導でお絵描きの時間をとることがあります。美術好きの先生のクラスに当たると、毎日エプロンをして絵を描くとか。

 

うちの子が年中の時、フランスの画家ソニア・ドローネ Sonia Delaunay の画風を真似て絵の具で絵をかく、という授業がありました。美術に詳しくない私も、どこかで見たことのある作風です。

 

もっとも、フランスのことですから、美術好きの先生に当たれば美術の時間がよりたくさんあるし、どんな題材を取り上げるかについては先生の趣味によります。

 

5歳の子供相手に勉強要素がたくさん

 

まず、ソニア・ドローネとはどんな人か。どんな作風なのか、まずは先生からお話があり、画集を見ます。子供相手に知識から入るのがフランス風です。

 

次に、製作します。色紙を円形に切り、それをまた半分に切り、並べて、貼って、またその周りに円を描きます。形を認識し、手先を使って器用に切ったり貼ったり、色彩を考えて水彩絵の具で円を描き色を塗る、という一連の作業は、5歳児にとって単にとても楽しくもあり、同時に、形の認識に関する教育的要素も多分にあります。その反面、5歳児にも親しみやすい円をモチーフとしています。

 

ですから、(私は美術のことはよくわかりませんが)5歳児にとてもよい題材だと思いました。担任の先生はベテランでしたから、きっとよくわかって選択しているのでしょう。

ソニア・ドローネ

 

後日、美術館で本物とご対面

 

それから数ヶ月後、たまたま行った美術館に、学校で習った絵が展示されていました。これを知っていて行ったのではないので、あっ!と思いました。

 

「あ!この絵みたことある!これ学校でかいた!」と、うちの子もすぐに反応。すぐにあの作家さんの絵とわかりました。一度勉強したことがあるので、実際に見た時にも親しみがわきます。そして、記憶にも残ります。

 

Sonia Delaunay

Sonia Delaunay, Rythme, 1938 と一緒に

まとめ

 

まずは知識、そして製作、そして(できれば)実際に見る、という一連の流れを通じて、美術やその画家に親しみを持てるようになります。言われてみればそのとうりですが、日本では子供相手に画家について説明したり、まして、作風を真似て製作させるということはあまりないのではないでしょうか。少なくとも、たね子が通っていた日本の幼稚園では、このような活動はありませんでした。

 

フランスでは子供をあまり子供のように扱わないところがままあります。例えば、子供にも人権があるといって、子供の意見を尊重します(それが、子供が嫌だということは無理にやらせない、つまり忍耐の必要なことに関しては人権を盾に甘くなる傾向につながるのですが)。

 

ですから、5歳児だからまだわからないと頭ごなしに判断するのではなく、このように知識を教えたり作風を真似てみたりするのではないかと感じます。そして、フランスの学校には、美術に関してこのような機会がちらほらあります。子供の頃からアートを身近に感じるようになるのではないでしょうか。この点は、フランスで育つことの良い面の一つといえます。

▼年長ではゴッホの晩年作を題材に。重いテーマでも容赦なし!なのがフランス風。

フランスの幼稚園年長の美術では、ゴッホ Gogh「カラスのいる麦畑」を題材に

2016年12月12日

 

A bientôt!

 

おまけ 

改めて、美術にはまったく詳しくないのでWikiを中心に調べてみました。

ソニア・ドローネ Sonia Delaunay

1885年ロシア帝政末期のウクライナ生まれ、1979年パリにて没。旧姓Terk。

ドイツのカールスルーエで10年間デッサンを学び、

1905年(20歳)パリに出て、モンパルナスにあるAcadémie de la paletteで、アメデ・オザンファンやスゴンザックとともに学び、ピカソ、ブラックらとの交流が始まる。

1908年(23歳)Wilhelm Uhde(ドイツ人美術評論家、画商、収集家 キュビズムや素朴派(l’art naïf)の発展に重要な役割を果たした)との結婚により、フランスに帰化。

1910年(25歳)Robert Delaunayと結婚。

結婚後は家庭に入るが、互いに影響を与えながら独自の理論による制作を進める。そのうち、友人の依頼で行っていた彼女のデザインが評判となり、衣装デザインやテキスタイル、本、インテリアなど前衛的なデザイナーとして活躍する。

この頃から、夫とともに鮮やかな色彩とリズム感のある形態を特徴とする新しいキュビスム(オルフィスム)を追求する中で独自の表現世界を構築し、その後の抽象芸術に大きな影響を及ぼす。

パリ生まれの夫ロベールは、カンディンスキー(ロシア)、モンドリアン(オランダ)とともに抽象画家の先駆者の一人であり、リズムと色彩に満ちた画風はオルフィスムといわれた。夫婦ともにディアギレフのロシアバレエに協力し、ソニアは衣装を担当した。油彩だけでなく、テキスタイルや版画など多方面にその才能を開花させた。

1941年(56歳)に夫ロベールが亡くなった後は、彼の理論や業績を広く紹介し、彼の評価を高めた。夫ロベールと共に築き上げた理論を展開し、制作した作品により、現存する女性作家として初めてルーブル美術館で個展。

1979年パリにて没。94歳。

 

 

 

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

渋柿

日日家庭の妻。フランスの公立小学校に通う子供の母であり夫は日本人。フランスに移住して5年。投資歴10年。音楽歴は30年以上。フランス語はアリアンスでC1クラスに入るレベル。国際結婚でも駐在奥様でもない独自の視点で、フランスから海外移住や学校生活など様々な話題を渋くお届けしています。