いつまでも子供を盛り立て続ける日本の親、子供を盛り立てる余裕のないフランスの親

お客さん根性

 

Bonjour à tous! 渋柿です。

 

最近の大学生の親は、大学の教員に向かって「うちの子供は大学院から東大に行かせたいのですが、そのような指導はしていただけるのですか?」って聞いちゃう親がいるらしいですね。

 

こういう話を聞くと、バカじゃないの?って思います。

 

一体、こういう一部の日本の親御さんは、いつまで子供を盛り立て続けるのでしょうか?そもそも「子供を盛り立てる」って考えてみたことありますか?

 

子供を盛り立てないというより盛り立てる余裕のないフランスの親

 

フランスに移住してみて、子育てがぐっと楽になりました。長時間保育もそうですけど、行事が少ないことも一因です。

 

フランスでは、学校行事は必要最低限。親の負担も最低限に抑えられています。例えば、幼稚園の時にはバザーが年一度ありました。くじ引きを引き、商品と引き換えたり、子供が親の用意した遊び道具で遊んだりして楽しみます。くじ引きの売り上げは、学校の備品を買ったりするのに用います。

 

「親の用意した遊び道具」といっても、空きカンに石を投げて倒すゲームとか、水に浮かんだプラスティック製のひよこを釣るとか、何かを手に持って平均台の上を歩く、とか、超簡単で、特筆すべき遊び道具があるわけではありません

 

こういうイベントは役員の親が中心となって用意します。しかし、ほとんどの親が仕事を持っているので、そんなに時間をかけられません。せいぜい2回の会合で準備できるほどのことしかやりません。というより、それしかできません。

 

本当は盛大にやりたくても、時間的な制約でできないのかもしれません。しかし彼らは合理的ですから、時間的制約をどうにかしてまで学校行事を盛り立てようなんてことはしません。やれる範囲でやる。これが合理的です。

 

日本の感覚からすると、フランスの学校行事なんて「こんな子供だましのお遊びなんて、やる価値なし!」とか「もっと親が頑張って用意しないと子供がかわいそう!」ってなるのかもしれません。

 

でも、子供は何日も前から楽しみにしていて、当日は非日常を楽しんでいました。当日もらったカードを大事にしまっていました。これで十分ってことです。

 

子供を盛り立てすぎる日本の親

 

翻って、日本の幼稚園や小学校では行事が多いですよね。そして、それぞれの行事が全て凝っていますよね。日本にいる時は、こんなもんか、子供の成長を見られるのも今しかないから、親が頑張って盛り立てないといけないかな?なんて思っていました。

 

例えば、うちの子供が日本で通っていた幼稚園では、バザーの前ともなると、親が総出で準備にいそしんでいました。あるグループなんて、準備するのに連日夜11時くらいまで販売するものを製作していました。今思うと、フランス的には狂気の沙汰です。

 

運動会ともなれば、親やジジババがお弁当作って、出し物の小物を用意して。

 

学芸会ともなれば、親が衣装を準備して、家でセリフや踊りの練習をさせて。

 

卒業式ともなれば、何度も練習して衣装を買ってあげて。

 

謝恩会となれば、盛大に用意をして。

 

一つ一つのイベントが盛大に行われます。でも、このように子供を盛り立てるのって、子供の感覚を麻痺させるのではないか?って思います。もっと言うと、子供をダメにするのではないか?って。

 

何もかも、親や教師に盛り立てられていたら、いつも盛り立ててもらって当然!イベントは凝ってて当然!って思いますよ。それは、ささやかなことに喜びを見出せないことにつながります

 

実際に、「このぐらいしてもらって当たり前!」的な態度をとったり、大人を見下す子供がいるじゃないですか。

 

その上、日本では中学受験となれば親が先導します。そして、子供が大学生になっても、大学の先生に「うちの子供を東大の大学院に行く指導をしていただきたい」と申し出る。盛り立て続けるのもいい加減にしたら?って思います。

 

こんなふうに、何でもかんでも親に盛り立ててもらって育って、やってもらって当たり前だったら、子供が自分で考えるとか、工夫して楽しむことってどのくらいあるのでしょうかね。そうやって育った人間が、社会に出て使い物になるのでしょうかね。

 

まとめ 親が努力すればするほど子供をダメにするかもよ

 

日本中に蔓延している親の気持ちとしては「子供の成長は今だけ!だから親も頑張らなきゃ!」「親の努力が子供の成果!」なのかもしれません。周りも煽りますしね。でもその考えって、トラップですよ。

 

その盛大な行事とやらは、なくても困りはしません。小規模でやったっていいはずです。駆り出される親もきっと忙しくて疲弊していることでしょう。そうやって親が頑張って(?)盛り立てたところで、子供を盛り立て続けていれば、してもらって当たり前と思うようにもなります。子供にお客さん根性が染み付くでしょう。お客さん根性を持てば、他人の失敗にも寛容になれなくなりますよ。だってお客さんだもん。自分は盛り立ててもらって当たり前だもん。そして、受験だからといって親先導でスケジュール管理や宿題管理をして盛り立てていれば、益々自分で考えることもしなくなります。

 

その結果、いつも盛大なのが当たり前であれば、小さな喜びを見出すことが困難になります。これって、不幸の入り口です。誰かが盛り立ててくれて当たり前だったら、自分で何かをしようとはしなくなります。これで指示待ちのロボット人間の出来上がりです。

 

これって、子供が自分の人生を自分で歩いてるっていえるのですかね?

 

親のその努力が子供をダメにする方向に向かうと考えてみれば、盛大な行事や親主導の受験に象徴されるように、あれこれと子供を盛り立てる必要はないのではないでしょうか!?そのエネルギーもお金も他のことに振り分けてみれば?そんなふうには考えられませんか?そうすれば、もっと子育てが楽になるかもしれません。

 

▼フランスの親って、こんな風にあれこれを余計なことを言わずに子供の興味を慎重に探ります。見習わないと。

フランス

親の言うことを聞かせて子供を不幸の入り口に立たせる日本の親、子供の決断を辛抱強く待って幸せの入り口に立たせるフランスの親

2017年10月3日

 

A bientôt!

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

渋柿

日日家庭の妻。フランスの公立小学校に通う子供の母であり夫は日本人。フランスに移住して5年。投資歴10年。音楽歴は30年以上。フランス語はアリアンスでC1クラスに入るレベル。国際結婚でも駐在奥様でもない独自の視点で、フランスから海外移住や学校生活など様々な話題を渋くお届けしています。